杏仁豆腐 4


現在、日本の中国料理店でデザートとして出される杏仁豆腐には本当の杏仁を材料としたものはほとんどなく、よいものでアーモンド、ふつうのものではアーモンド香料で匂いをつけた牛乳糞にすぎません。


そういう現実を反映して、新聞や婦人雑誌などで、料理指導者がアーモンド香料入り牛乳奨を杏仁豆腐として紹介していることがよくあります。


アーモンド香料は論外として、アーモンドを材料とする場合は、厳密には杏仁とはいえないかもしれませんが、アーモンドが、杏と同じくバラ科の植物であり、種子の仁も同じように薬用に使用されることを考えると、杏仁の代わりにアーモンドを使うことは、認めてもいいことかもしれません。

杏仁豆腐 3


杏が医学と縁が深いことは、中国の三国時代の呉の董奉という名医が、治療代の代わりに、重症の場合は杏の苗五本、軽症では一本を家のまわりに植えさせたところ数年で杏の林ができたという故事からも見ることができます。


医者のことを杏林というのはこの故事からきたものです。


この杏仁をすりつぶして水でうすめると牛乳状の液体になります。


いわばあんず仁ミルクです。


これを寒天で固めると杏仁豆腐になります。


このように原料を調べていくと、杏仁豆腐が単に甘いデザートでないことがわかりますが、中国料理にはこういう例がたくさんあるのです。


しかし、早合点はできません。

占いで大事なこと


大事なことは、どの占いが当たるかを追求していくことではなく、自分の本音のとおりになにかを選び、目の前に起こることをひとつひとつ楽しむことだと思います。

楽しんでいると、それが精神レベルを上げることにつながり、あなたにとって良いほうへ物事が展開していきます。

ご先祖を大切にしなくても、見えないものに畏敬の念を払わなくても、普通に生きていくことはできます。

精神レベルを上げなくても、精神の修行などしなくても、生きていくことはできる・・・それなのに、なぜ「悟り、徳を積む」というようなことが大切とされるのかと言えば、これらによって、その人の人生の途中に起こる災難を知らない間に避けられたり、大難を小難におさえることにつながっているからだと思います。

その人の品格や霊格を上げることによって、まわりに起こる目に見えることだけではなく、その人の気づかないところでも守られることにつながっているからだと思うのです。

そして、自分の中にある善悪の両面のうち、良い面だけにスポットライトのあたる生活になります。

占いを賢く活用したい方は、電話での占いはココからどうぞ。

杏仁豆腐 2


杏仁とは杏の種子を割ると中から出てくる仁を指します。


梅干しの種の中の「天神様」と似たようなものです。


杏は、日本では長野県が産地として有名ですが、原産地は中国で西暦紀元前100年あまり前から西方へ移りはじめ、中央アジアを通ってヨーロッパへ、さらにアメリカに伝えられるのですが、ヨーロッパの人は、中国から来たとまでは想像できず、通過地だったアルメニアの名をとって、学名にアルメニアという言葉をつけています。


杏はそれほど古い中国の果物ですが、果物として食用にされるほかに、杏仁は鎮咳去疾(咳をしずめ疾を切る)作用の薬として、ぜんそくや、咳のひどい風邪に対する漢方薬の材料に現在でも使われています。

杏仁豆腐 1


中国料理の菜単(メニュー)に杏仁豆腐という料理名を見かけることがあります。


豆腐は豆腐でも、大豆から作った豆腐料理でもなければ、ごま豆腐や卵豆腐の類でもなく、白い豆腐状の甘いデザートの一種なのです。


杏仁豆腐と文字で書かれるとピンと来なくても、アンニントウフ(南方風発音)とかシンレントウフ(北京風発音)というように耳から入ると、「ああ、あの白い寒天を、缶詰の果物と一緒にシロップに浮かべた中国風蜜豆のことか」と思い出す入も多いはずです。


日本の中国料理店では、代表的なデザートの一つとなっています。

月餅 3


雪花月餅が台湾全土の月餅が味を競うコンクールで優勝を重ねた実績はよく知られており、かつて、台湾八景ならぬ台湾八味の一つに数えられたと言われます。


人によって、台湾八味は少しずつ違っていることもありますが、屏東の木爪(パパイヤ)、鳳山の鳳梨(パイナップル)、麻豆の文旦、員林のぽんかん、南投のバナナ、潭子のレイシ、豊原の月餅が数えられます。


この豊原の月餅とは雪花月餅をさしているわけです。


今、雪花月餅は呂家の経営の下に伝統の腎美味」を追究し続けているのですが、中秋節の二、三週間前からは一日に六万個から10万個の月餅を売り切るということです。


作り手も作り手なら、買い手も買い手と言えるわけで、噛良い物」を作る努力を正当に評価している台湾の消費者の味覚と理解もまた見事なものと言わねばなりません。

月餅 2


日本でも売られている月餅は大ざっぱなわけ方をすると、同じ系統の作り方によるものだそうですが、台湾に行くと日本では見当たらないような別系統月餅を見ることができます。


台中市の近郊、豊原鎮の名産「雪花月餅」がそれです。


この名称は、その皮は雪のように白く、幾重にも重なったパイ皮は花びらのように軽やかで、全体の味と香りは花のようだというところからつけられたと言います。


これを製造している店の名前も雪花斎と言います。

月餅 1


陳舜臣夫妻共著『美味方丈記』は味覚に興味を持つ者にとっては、いく度繰り返して読んでも楽しみのつきるということのない本ですが、この名著の中で、月餅に一章が割かれており、これを読めば、中秋節が中国の三大節の一つとなるに至った由来や、月餅という菓子が味を豊かにしてきた経過がよくわかります。


月餅がもともと各家庭で作られ、贈ったり贈られたりしたことから、味を競い合う結果となり、おいしい月餅にはそれなりの秘伝が生じたということも、事実、その通りだったことでしょう。


月餅という菓子は、くるみ、ごま、西瓜の種、なつめ、砂糖、豚脂などを合わせて作ったあんを、小麦粉と豚脂等を組み合わせて作った一種のパイ皮でくるんだものと言ってもよいのですが、そのあんの材料、作り方、皮の作り方、焼き方などによって、各種各様の月餅ができます。

性格は不詳

川浬土の性格は不詳であるが、これに顔料としての墨を併せて白垂に混入することにより、鼠色の上塗を得たものでしょう。


その意味で川浬土は「土」という名を持っていても主材料ではなく、黒色系の顔料と理解すべきものでしょう。


上塗に対し、このような顔料を使用することは、漆喰または大津壁の場合に多かったのは当然です。


くりかえすまでもなく、土物砂壁系の色土は草庵茶室へ導入の当初から土そのものの色相を尊重しているのであるから、顔料の必要はもともと存在しない。

塗料に用いられている

もとインドのベンガル地方から舶載され、後にわたしたちの国でも産出ないし製造されるようになった事情が窺われるが、それが原産地の名を借りて今日でも「紅柄」の字を当てている赤色顔料であることは疑いを容れまい。


記述は漆に混和することのみを述べているが、同じものが現在土壁上塗にも使用され、また特に関西地区において町家の表格子の塗料に用いられていることは凋知です。


次に黒色系のものとして『三才図会』はさきの白壁の説明につづけて、(白壁に)川浬土及び墨を加え、之を塗りて罰璽となす(俗に鼠壁と云うなり)。


としています。